メサイア―翡翠ノ章―

廣瀬くんの、沖田さんを演じているときに役者としてのナルシズムが見えるときが私のお気に入りですね。
この言い方で伝わってますかね?

語るしす|田上真里奈オフィシャルブログ「にんまりなないろ日記」Powered by Ameba

あー分かる。と思ったけれど、私が思ってることと同じか分からないので、詳しくお聞きしたいです笑
愛と充足の水仙が咲き零れる、ナルシシズムの泉。
内側から生命の炎が照らすあの瞳。

千秋楽からかなり経ってしまったのですが、翡翠ノ章のことを。散漫な文章になりそうです。

アクションシーンがあることが嬉しかったです!紫微では役どころ的になかったので。
スタンスの取り方が広いのが特徴的。
Gを壁際に追い詰めるとき、Gの目をじっと見ている冷たい顔。
発砲の反動で振られる腕の演技に、薄桜鬼での斬撃のあと刀についた血を払う仕草を思い出す。
くるっとターンすると、メサイアコートの裾が翻って弧を描くのが、めちゃめちゃかっこいい…。ターンがこれまた速いんです。
こういうのってDVDでは分からないんですよねー。
モニター上のコートの裾と比べて、そこにある質量を持ったコートの裾の持つ情報量に圧倒されます。
だから劇場で観る、というか、体験するというのは本当に贅沢なことだと常々思います。

シナリオ部分で一番好きだったのは、鋭利に護とのことを聞かれた淮斗が、護への思いと、珀と鋭利への憧れを話すシーン。
淮斗の持っている護への全幅の信頼と、珀と鋭利への尊敬と憧れが、チャーチ卒業を不安に思う鋭利の、束の間の笑顔を引き出す場面でした。

先輩から後輩にバトンが渡される場面でもあり、先輩が後輩から逆に学ぶ場面でもあり、チャーチという場所にサクラ候補生をわざわざ集めておくのは、こういう交流を持てるからなんだなと思いました。

それと同時に、護に自分の全てを預けてしまうような、小さい子供みたいな愛し方をしている淮斗に、すごく不安を感じるシーンでもありました。
硬度はあっても、靭性がない。そんな風に淮斗の事を感じます。

他の候補生と遜色なく戦闘に出ていて引きこもりの経歴も感じさせず、間宮との軋轢も解消して、弟の呪縛も解けたようですが、やっぱりこの人は堅気として生きることは出来ない人なんだなと、このシーンで感じてしまいました。

お芝居も、二人とも自分が言葉を発していない時間をしっかり引き受けることが出来ていて、いわば「…」の演技がすこくよかったです。
私が観た中では、東京楽が抜群だったと思いましたが、撮影は入ってなかったかな…。

昨日のイベントで映画3作目が情報解禁になり、9月に舞台もあるし、素直に楽しみです。